東京高等裁判所 昭和46年(行コ)32号 判決 1974年6月17日
東京都中央区日本橋江戸橋一丁目一一番地
控訴人
竹腰糖業株式会社
右代表者代表取締役
滝山正範
右訴訟代理人弁護士
沢政光
土屋博
上治清
稲田早苗
東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地
被控訴人
日本橋税務署長
高橋三郎
右指定代理人
中村勲
田井幸男
功刀靖介
佐伯秀之
右当事者間の法人税更正処分等一部取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し、昭和三八年二月二七日付でした、控訴人の昭和三四年六月五日から昭和三五年五月三一日までの事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定につき、訴外東京国税局長が昭和三九年一一月二日付でした審査裁決によつて維持された部分のうち、所得金額四、〇〇〇万円に対応する部分(法人税額につき一、五二〇万円、過少申告加算税額につき七六万円)を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
第一、控訴人の請求原因
一、砂糖の製造及び販売ならびに紅茶、コーヒー、ココア等の販売を業とする控訴会社は、被控訴人に対し、昭和三四年六月五日から昭和三五年五月三一日までの事業年度分の法人税について、所得金額を六四三万二、二三一円とし法人税額を二三四万四、二三〇円とする確定申告を、法定の期間内にした。ところが、これに対し、被控訴人は昭和三八年二月二七日付で、別表上欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定をしたので、控訴人は同年三月二六日付で、被控訴人に異議の申立をしたが、同年四月九日付の決定でこれを棄却された。そこで、控訴人は同年五月六日付で訴外東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和三九年一一月二日付で、別表下欄記載のとおり、上記原処分の一部を取り消す裁決をし、右裁決書はその頃控訴人に送付された。
二、右の更正処分は、主として、控訴人のした法人税確定申告には、別表2「所得に加算した額」(二)及び(三)記載の粗糖輸入外貨割当権(以下外貨割当権または割当権という。)譲渡収入二口につき計上洩れがあることを理由とするのであるが、そのうち、控訴人が右(二)記載のように外貨割当権を他に譲渡し、その代金四、〇〇〇万円を取得した事実はない。
すなわち、控訴会社の代表取締役であり、かつ株主であつた訴外亡竹腰進一は、昭和三五年四月一日訴外台糖株式会社(以下台糖という。)と、控訴会社の発行済み株式の総数に当る株式一万六、〇〇〇株(額面八〇〇万円)を代金合計四、〇〇〇万円で台糖に売り渡す契約をした。この契約に当つて、台糖では昭和三四年三月二七日及び同年一二月一一日開催の取締役会において、それぞれ上記株式買受けの決議が行われ、かつ、昭和三五年四月一日付で、亡進一と台糖との間に、「株式譲渡に関する契約書」が作成された。そうして、亡進一は同年七月一九日右株式の株券全部を、白地裏書のうえ台糖に引き渡し、一方台糖は亡進一に上記代金を、同年四月二日一、〇〇〇万円、同年四月三〇日二、〇〇〇万円、同年一二月二四日一、〇〇〇万円と分割して支払つた。そこで、亡進一は、代金全部の支払を受け終つた。同年一二月二四日本件株式譲渡に伴う有価証券取引税を納付した。このような次第であるから、前記株式の売買は、真実亡進一と台糖との間において行われたものであつて、台糖が支払つた前記合計四、〇〇〇万円の金員は、亡進一が台糖に売渡した控訴会社の全株式の代金に外ならない。
ところで、台糖が前記のように、控訴会社の全株式一万六、〇〇〇株の譲渡を受けたのは、それにより控訴会社の経営権を掌握し、控訴会社の有する外貨割当権を獲得することにあつたのであるが、前記譲渡契約により控訴会社の全株式を取得して同会社と実質上の親子会社の関係を生じた台糖は、控訴会社の無形資産である外貨割当権を、台糖において直接利用するために、右契約成立の後控訴会社に対し、外貨割当権を台糖に移転するよう指示し、控訴会社はこれに応じて、外貨割当権を移転したが、この移転は、以上のように事情があるため、対価なしに、すなわち無償でなされた。
三、以上のとおりであるから、被控訴人がした、控訴会社が台糖に外貨割当権を代金四、〇〇〇万円で譲渡したという認定は、亡進一がした台糖に対する控訴会社の全株式の有償譲渡と、その後になされた控訴会社から台糖に対する外貨割当権の無償の譲渡とを、ことさらに混同したものであつて、全く事実を誤認するものといわなくてはならない。
従つて、1、記載の更正処分及び賦課決定(審査裁決で一部取り消された後のものをいう。以下特に断らない限り同じ。)のうち、控訴会社の法人税確定申告に外貨割当権の譲渡収入四、〇〇〇万円の計上洩れがあるとして、これを加算すべきことを前提とする部分(即ち、前示控訴の趣旨第二項記載の部分。)は違法であるから、その取り消しを求める。
第二、被控訴人の答弁及び主張
一、請求原因一、記載の事実は全部認める。
二、同二、記載の事実のうち、亡進一と台糖との間に控訴会社の株式一万六、〇〇〇株につき控訴人主張のような「株式譲渡に関する契約書」が作成されていること、亡進一が昭和三五年七月一九日右株式の株券全部を控訴人主張のとおり台糖に引き渡したこと及び亡進一が台糖から、控訴人主張のように三回に分割して、合計四、〇〇〇万円の支払を受けたことは認める。
しかし、被控訴人は、控訴会社のした前示法人税の確定申告には、外貨割当権譲渡収入二口の記載洩れがあると認めるものであつて、そのうち控訴会社において争う部分、すなわち別表2(二)の四、〇〇〇万円は控訴会社の主張するように、亡進一が台糖に譲渡した控訴会社の全株式の代金ではなく、実は、控訴会社が台糖に外貨割当権自体を譲渡したことによる売買の対価であり、株式の売買であるかのような形式をとつているのは、粗税負担を回避するための仮装行為にほかならない。被控訴人がそのように認定した経緯、理由の詳細は、次項に述べるとおりである。
三、1、昭和三三、四年頃精製糖業界において各精製糖業者は、食糧庁の行政指導のもとに、原料粗糖輸入の外貨割当てを受けて原料粗糖を輸入し、これに加工して製品としていた。当時の同業界においては、将来の貿易の自由化に対処すべく、業界全体に再編成ないし合理化の機運があり、経営規模の小さい中小メーカーのうちには、その有する前記外貨の割当てを、規模の大きい大メーカーに有償で譲渡して、営業を廃止するものが続出し、このため外貨の割当てを受くべき地位が一個の財産権として有償で譲渡される状況を生じ、進んでこの割当権について時価が生ずるまでになつた。
もつとも、当時、食糧庁は、外貨割当権そのものの売買を認めず、これを譲渡し譲り受けようとする当事者メーカーの間において、吸収合併、製糖工場設備の売買または主たる営業の譲渡の三つのうちいずれかが行われた場合に限つて、双方当事者に共同でその承認を申請させ、同庁において相当と認めるときにこれを承認し、この承認に基づいて、当事者であるメーカーが所属する団体(日本精糖工業会、日本再製糖工業協同組合等)における外貨割当基準を修正するという方法によつて外貨割当権を移動することを認めていた。すなわち、外貨割当権を譲渡しようとするメーカーとしては、まず、これを譲り受けようとするメーカーとの間において、上記三つのうち一つ、例えば製糖工場設備の売買契約をし、それについて共同で食糧庁に対し承認を申請し、承認があつて初めて外貨割当権の移動が生ずることになるが、その際外貨割当権の対価として、外貨割当権の時価当額と工場設備の時価相当額との合計額が支払われるのを常とした。
2、 昭和三四、五年当時、台糖においては、自社の精製糖部門を拡充するために、中小メーカーから外貨割当権を取得したい希望があり、他方控訴会社は前述の中小メーカーの例に洩れず、その有する外貨割当権(控訴会社が本来有していたものと他の同業者から取得したものとを含む。)を他に譲渡したい意向であつたところから、両社は工場設備を譲渡する方式によつて外貨割当権の譲渡をすることに意思の一致をみ、控訴会社においては、昭和三五年二月一五日開催の臨時株主総会において、控訴会社の精製糖工場を台糖に売却する旨の決議をし、ついで控訴会社と台糖とは、同年三月二八日付で食糧庁長官に対し、右工場売買について承認の申請をしたところ、同長官は同年四月十二日付でこれを承認したので、控訴会社の上記外貨割当権は台糖に譲渡されることになつた。
3、(一) 上記1及び2に述べたところからすると、通常の経済取引においては、外貨割当権の譲渡人である控訴会社は、譲受人である台糖から外貨割当権の時価相当額の金員(それは、前示控訴会社固有の分につき四、〇〇〇万円、その他の分、すなわち控訴会社が他のメーカーからすでに買収していた割当権につき三、一〇〇万円である。)の支払を受くべきものであるところ、控訴会社は、上記2の外貨割当権の移転のうち控訴会社固有の分のそれは、これとほゞ時を同じうしてなされた控訴会社の全株式の譲渡により、台糖が控訴会社の経営権を掌握した結果行われたものであるから、無償であり、台糖から支払われた合計四、〇〇〇万円の金員は、右株式の譲渡代金にほかならないとする。
(二) しかし、次に述べるような諸事情を総合して考えると、控訴会社の右主張は到底是認することはできない。
(1) 前記1に述べたところからすると、本件において割当権(本訴の争点をなす控訴会社固有の外貨割当権を指す。以下特に断らない限り同じ。)が、無償で台糖に譲渡されたとするのは、経済取引としては異常であり、合理性を欠くものである。控訴人は、台糖が控訴会社の全株式を取得して経営権を掌握し、実質上の親子会社の関係にあつたから、割当権を台糖に利用させるために無償で譲渡された旨主張するが、当時の台糖の意思は専ら割当権の取得にあつて、同社は、控訴会社の全株式を取得することによつて控訴会社の経営権を掌握したり、控訴会社の全資産を管理、支配しようという意向はこれを有していなかつたのであり、全株式の取得により、台糖と控訴会社とが親子会社の関係に立つこととなつたからといつて、当然に割当権の譲渡が無償でなさなければならないものでもないから、この主張は理由がない。また、控訴人は、元来、外貨割当権は行政官庁から無償で賦与されるもので、控訴会社はその取得のために何ら支出をしていないこと及び外貨割当権が性質上不安定な権利であることから、無償で譲渡されても不思議ではないとも主張する(後記第三、三、1)が、前記1に述べたところから考えると、昭和三四、五年当時外貨割当権なるものが業界で一種の財産権として認められ、控訴会社の無形資産をなしていたことは明らかであるから、仮りに右権利の取得が無償でなされたからといつて、これを他に譲渡する際にも当然に無償でなければならないということにはならない筋合であるから、この主張も理由がない。
(2) つぎに、株式譲渡の対価は、通常譲渡時における当該会社の純資産の額を基準として決定されるものであるところ、控訴人のいう控訴会社の全株式一万六、〇〇〇株の代金四、〇〇〇万円は、まさに当時控訴会社の有した割当権の時価相当額であるから、本件株式の譲渡においては、その価額が割当権の時価のみによつて定められたことになり、このようなことは、株式の売買という経済取引としては極めて不合理なことである。しかも、控訴人のいうように、割当権は無償で台糖に譲渡されたものとすると、前記2に述べた昭和三五年三月二八日の共同申請の際、台藤は割当権を無償で取得することを了知していたはずである。そうだとすると、同年三月末日現在において、控訴会社の純資産額は、割当権を除いてはとるに足らないものであるから、このような控訴会社の株式を台糖が、四、〇〇〇万円も出して買い受けるわけがない。この点から考えても、四、〇〇〇万円は、割当権の売買の対価ととして授与されたものと認めるべきものである。
(3) さらに、控訴人主張の株式の譲渡は、経済社会において一般に行われるものとは著しくその実体を異にし、不可解な取引であるといわなければならない。すなわち、(ア)まず、第一に、譲受人である台糖においては、前記のとおり昭和三五年七月一九日亡進一から本件株式の全株券を、白地裏書の方法によつて、引渡しを受けながら、昭和四〇年四月頃まで名義書換の手続きをせず、また、控訴会社の株式総会に出席したり、同会社に対して各事業年度の決算状況の報告を求めた形跡もなく、さらに、亡進一に交付した四、〇〇〇万円の会計上の処理については、その支出時には、有価証券取得のための経費すなわち有価証券勘定に計上せず(本来株式の取得であれば、当然この勘定に計上されるべきものである。)その他の流動資産取得のための経費として計上し、期末にこれを償却するという決算書類を作成しているし、(イ)一方、亡進一も、本件株式全部を台糖に譲渡し、株券を引き渡した後においても、昭和三九年三月四日に死亡するまで、引き続き控訴会社の代表取締役の地位にあつてその経営を主宰し、台糖に連絡することなく、控訴会社の資産を、自己が代表取締役であつた訴外竹腰不動産株式会社または株式会社竹腰商店に売却したり、低利で貸し付けたりしていたほか、(ウ)被控訴人の所部職員が調査を行つた際、台糖から、株式の譲受価額は割当権の価額だけを基準として決定されているので、控訴会社の割当権以外の資産を台糖が取得するには、さらにこれに相当する代金を支払わなければならない旨の説明があり、実際にも、その後あらためて、控訴会社の資産であつた粗糖原材料の代金とし、二七七万三、七六九円が控訴会社から台糖に支払われている。これらの諸点から考えると、控訴人の主張する株式譲渡は、一般に行われている株式の譲渡と実体を異にする不可解なものであつたというべきである。
上記(1)ないし(3)の諸事情を総合して考えると、台糖は控訴会社から割当権を取得しようとし、控訴会社もこれを台糖に譲渡する意思であつたところ、亡進一及び控訴会社は、割当権譲渡による租税の負担を軽減するため、たまたま当時の所得税法上有価証券の売買によつて生ずる所得が非課税である(同法第六条第一項六号)となることに着目し、割当権の譲渡を、あたかも株式譲渡行為のように仮装したものであること、換言すれば株式譲渡行為は仮装ないし名目的なものにすぎず、それは割当権の譲渡の手段ないし形式とされたものであることが明らかである。従つて、台糖が支払つた四、〇〇〇万円は、まさに、控訴会社が台糖に譲渡した割当権の対価というべきである。仮りに、右株式譲渡が全くの虚偽、仮装の行為ではないとしても、それは昭和三五年四月一二日食糧庁長官の承認によつて、割当権が台糖に移転した後になされたものと認めるべきであり、割当権がなくなつた後の控訴会社の株式が四、〇〇〇万円の価値を有するはずがないことは、前記(2)で述べたところから明らかであるから、株式の譲渡は、割当権の対価として四、〇〇〇万円が授受された後に、それが株式の譲渡代金として授受されたかのようにつじつまを合わせるために、(割当権の譲渡により)無価値に帰した株式を無償で移転したというに過ぎない。
そうして、株式譲渡は亡進一と台糖の取引であり、割当権譲渡は控訴会社と台糖の取引であつて、両者は一見その主体を異にするようであるが、そもそも上記当事者間において目的とされたところは、前述のように台糖が控訴会社の割当権を取得するにあつたのであるから、本件においては、台糖と控訴会社と控訴会社の全株式を所有しかつその代表取締役であつた亡進一個人との三者の間で、単一の契約が締結されたものと認めるべきであつて、前記株式譲渡と割当権の譲渡は別個のもので相互に無関係であるということはできない。従つて、台糖の支払つた四、〇〇〇万円が仮りに控訴会社に支払われたものではなく、台糖から直接亡進一個人に支払われたものであるとしても、それは、あたかもある会社がその資産を第三者に譲渡し、第三者がその代金を株主に支払うことを一個の契約で約した場合と同様に、台糖、控訴会社及び亡進一の三者の間で結ばれた一個の契約により控訴会社に帰属すべき割当権譲渡の対価を、直接亡進一個人に支払うこととしたものとも認められるのであつて、この見地から考えても、右の四、〇〇〇万円は控訴会社の所得と認められるべきものである。
(三) また、仮りに前記株式譲渡が虚偽、仮装の行為でないとしても、右はいわゆる租税回避行為であるから、課税官庁である被控訴人は、右のような不自然ないし経済的合理性を無視した異常な行為、計算を否認して、経済的合理性に則つて行為すれば、通常とられたであろうと認められる行為、計算に従つて課税することができる。すなわち、右株式譲渡行為は、(ア)控訴会社の全株式を有する亡進一が、発行済株式の全部を譲渡するという、特段の事情がなければ通常は考えられない行為であること、(イ)株式の譲受人である台糖においては、割当権を除くと無価値に等しい右株式自体を取得することを目的としたものではなく、その目的としたところは、まさに割当権の取得に外ならなかつたこと、(ウ)亡進一は、割当権譲渡に伴う租税負担の軽減をはかるべく研究を尽し、前(二)記載の所得税法第六条第一項第六号の規定に着目して、上記株式譲渡という行為を選んだと認められること、(エ)亡進一と台糖の間において、上記株式譲渡契約の日を、前述の食糧庁長官の承認があつて、割当権の譲渡が具体化した後に、亡進一の要請に基づき、それ以前に遡らせて昭和三五年四月一日とした疑いがあること及び(オ)上記株式譲渡の対価は、割当権の時価に基づいて決定されていること等の諸点において、正常な経済的行為であるとは認められず、しかも、これを容認するときは、控訴会社に不当に租税負担を回避させることになるから、被控訴人はこれを否認して、経済的合理的に行動すれば通常行われるべきであつたと認められるところ、すなわち本件についていえば、控訴会社から台糖に対し代金四、〇〇〇万円で外貨割当権が譲渡された場合と同視して、これに課税することができる。
なお、本件株式譲渡行為が異常であることは、控訴会社が、本件割当権(これは控訴会社固有のものである。)を含むその所有の外貨割当権についてとつた会計上の処理を検討するとなお一層明らかとなるので、ここにこの点を述べておく。すなわち、控訴会社は台糖に対して、その本来有する固有の外貨割当権を譲渡するに先き立ち、控訴会社所属の日本再製糖工業協同組合の組合員である多田清太郎、影山茂樹、全国菓子パン協同組合、東三糖業株式会社、株式会社風月堂、株式会社天長商店の六者から、これらのものが本来有する外貨割当権を買収していたところ、多田清太郎、影山茂樹、風月堂、天長商店の四者からの外貨割当権の取得に当つては、これら組合員が再製糖業者であつたために、食糧庁に対する申請は工場売買の手続きにより、その承認を得ることによつて行われたのであるが、工場売買は形式上のものであつて実際には工場の移転は行われなかつた。そして、多田、影山から取得した外貨割当権は、当時の精糖事業界の実情からすれば営業権の取得とされ、風月堂、天長商店の二社から取得したのは、営業権と当該両社の発行済全株式であつたのであるが、株式については亡進一が全株取得したものとされたのである。この結果、控訴会社が取得したこれら営業権は、控訴会社の営業権すなわち外貨割当権に化体し、控訴会社が本来有する営業権に吸収される本体となり控訴人の資産を形成するに至つたのである。
そして控訴会社がこれら外貨割当権の取得後に行つた会計処理としては、多田、影山両者分のみを営業権として計上し、当該外貨割当権が台糖に譲渡された後も引続き資産に計上のうえ、その一部について償却し、損失として処理したのであるが、風月堂、天長商店から取得した外貨割当権については簿外資産として処理し、控訴会社の資産には計上されなかつたのである。しかもその後、他から取得されて控訴会社の保有するところとなつた外貨割当権は、控訴人が本来有した割当権とともに昭和三五年三月三一日台糖に帰属することになつたが、この譲渡の対価三、〇〇〇万円も、本件四、〇〇〇万円の場合と等しく亡進一から風月堂、天長商店の全株式が台糖に引き渡された故をもつて、株式譲渡の対価であるとされたのである。なお、控訴会社が全国菓子パン協同組合から取得したのは実需者向輸入粗糖についてのプレミアムであり、東三糖業株式会社から取得したのは同社の有する輸入粗糖の商社割当分外貨に対するプレミアムであるが、控訴会社はこれらのプレミアムの対価を支出することによつて、外貨割当の基準とされる溶糖実績が増加することになるもので、無形資産(割当権)を構成するものであつた。ところが、割当権取得のためのこれらの費用は控訴会社の会計処理によれば、原材料費として、当期の費用として経理され、結局は償却されたのである。
以上の事実関係によると上記の外貨割当権の譲渡に基づく損失部分は控訴会社の計算に算入され、収益部分は株式譲渡の対価等として控訴会社の計算から除外されることとなり、結果的には、控訴会社に損失を負担させることによつて株主の利益が図られるという、一般の社会通念をもつてしては到底理解しがたい極めて不自然な行為が控訴会社及び亡進一によつて行われた事実が明らかに認められる。
叙上のとおりであるから、亡進一が株式譲渡代金として取受することにした四、〇〇〇万円は、真実は、控訴会社が割当権(控訴会社に固有の割当権)を譲渡した対価として、控訴会社が割当権の譲受人である台糖から収受したもの、または当然収受すべきであつたものと認めらるべきものである。
四、叙上の理由により、本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定には、違法のかどはない。
第三、被控訴人の主張に対する控訴人の反駁
一、被控訴人主張の三、1記載の事実のうち、外貨割当権が譲渡性を有していたこと、その譲渡の方法が被控訴人主張のとおりであること、本件割当権(控訴会社固有のもの)の昭和三五年当時の時価相当額が四、〇〇〇万円であつたことは認めるが、その余は争う。
二、同2記載の事実のうち、控訴会社と台糖とが共同申請人として、食糧庁長官に対し、控訴会社の工場設備の売買名義により、割当権の移転につき承認を求め、その承認を受けたことは認める。しかし、当時控訴会社は工場設備を所有していなかつたし、また、その所有の機械器具等は現実に台糖に譲渡されなかつたから、右は、すでに請求の原因において述べたとおりの事情により、割当権を台糖に移転するための形式を整えたにすぎず、控訴会社と台糖の間においては真実工場等を売買したことも、それを現実に移転したこともない。しかも、四、〇〇〇万円のうちの一部は、すでに述べたとおり、上記承認以前に支払われているのであるから、亡進一が台糖株式の代金に外ならないものである。
三、1、被控訴人は、その主張3において亡進一と台糖との間の株式譲渡は虚偽、仮装の行為であるか、ないしは、租税回避行為であると主張するが、この主張はすべて争う。
(一) 被控訴人は、まず、本件においては割当権の対価が無償であることは、合理性がなく経済取引として異常であると主張する((二)、(1))。しかし、この割当権は、元来控訴会社が行政官庁から無償で賦与されたものであつて、その取得に何の支出も伴つていないものであるうえに、行政上の方針の変更(例えば、粗糖の貿易の自由化)により何時消滅するか予測しがたい不安定なものである。そうして、すでに述べたとおり、控訴会社は、控訴会社の全株式を取得して実質上の親子会社となつた台糖の指示により、台糖において割当権を直接利用するために、これを譲渡することにしたものであるから、その対価が無償であることについては十分な理由があり、また、親子関係にある会社の間において、割当権の無償譲渡が行われることは、必ずしも異例のことではない。
(二) つぎに被控訴人は、株式譲渡の対価が割当権の時価相当額のみによつて定められたのは不合理であると主張する((二)、(2))。しかし、一般に非上場会社の株式の価額は、当該会社の有する有形無形の資産の価値を基礎として決定されたものであるところ、本件株式譲渡当時における控訴会社の資産としては、割当権を除いては、溶糖のための機械器具等の設備のほか車輛があつたが、これらは、台糖にとつて利用価値がないために、金銭的価値がほとんどないと判断されたことと、台糖において本件株式を取得し、控訴会社の経営権を掌握しようとする目的が主として割当権を直接利用することにあつたことから、割当権の価額に着目して、株式譲渡の対価が決定されたものであるから、この点について不審をさしはさむ余地はない。
(三) 控訴人は、さらに、本件株式の譲渡は、経済社会において一般に行われるものとは実体を異にし、不可解なものであると主張する((二)、(3))。そこで、(1)まず、(ア)の点であるが、株式の名義書換が被控訴人主張のように昭和四〇年四月頃まで遅延したことは事実であるが、それは主として台糖の意向によるものであり、しかも元来名義書換は株式譲渡の対抗要件にすぎないから、右の事実は株式譲渡契約の成立に消長を来たすものではない。また、台糖が本件株式譲渡について、どのような会計上の処理をしようと、それは控訴会社ないし亡進一の関知するところではない。
なお、台糖は、昭和三四年一一月頃から、同会社砂糖部付の職にあつた訴外渋沢作次を派遣して、控訴会社の業務全般にわたつて指導監督を行つていたから、あらためて被控訴人のいうように決算報告を求める等の必要がなかつたものである。(2)つぎに(イ)の点のうち、亡進一が、被控訴人のいうように、死亡するまで引続き控訴会社の代表取締役の地位にあつたのは、本件株式譲渡後、控訴会社が事実上休業状態にあつたため、台糖の意向に従つたまでのことであるし、その頃亡進一のした被控訴人指摘の各行為は、控訴会社の代表者の専決事項に属する軽微なことがらにすぎない。(3)最後に、(ウ)の点は控訴会社ないし亡進一の関知の意味もまた不明である。このような次第であるから、本件株式譲渡が異常であるとか、不可解であるとかいう被控訴人の主張は当を得ないものである。
2、以上に反論したところからすると、本件株式の譲渡は、すでに主張したとおり真実行われたものであることがいよいよ明白であり、右株式の譲渡行為は被控訴人主張のように虚偽、仮装のものではない。そうして、法人税法の領域において仮装行為が問題となるのは、法人の行為についてであるべきところ、本件において控訴会社自体に仮装行為と目されるような行為の存在しないことは明らかであるから、被控訴人の右主張は、ひつきよう、株式を譲渡した亡進一が、たまたま控訴会社の代表者であつたことから、亡進一個人の行為を、控訴会社の行為と誤認したことによるものであつて、失当というべきである。
3、また、以上に述べたところからすれば、本件株式譲渡が、いわゆる租税回避行為にあたるとする主張も理由がないものである。
(一) すなわち、まず、株式会社の株主が投下資本を回収するために、その所有の株式を、対価を得て第三者に譲渡することは、その当然になし得るところであるから、亡進一が、その有する控訴会社の全株式一万六、〇〇〇株を代金四、〇〇〇万円で台糖に譲渡した行為は、株主の持株処分行為にすぎず、しかもその対価はすでに詳述したような事情により決定されたものであるから、右株式譲渡行為は異常なものでも不合理なものでもない。そうして、台糖が本件株式を取得する目的が割当権の取得にあつたとしても、そのことは左株式譲渡行為には何の影響ももたらすものではない。けだし、ある者が、ある会社の有する不動産の利用を目的として、その会社の支配権を掌握するに足りる株式を取得した場合において、株式取得の動機目的がどのようなものであれ、取引の対象物は株式そのものであつて不動産ではないわけであるが、本件もこの例示の場合と何らえらぶところがないからである。
なお、被控訴人が、本件の控訴会社が本来有する固有の割当権以外の、控訴会社が他から取得した粗糖外貨割当権に関して云為するところは、本件の争点とは何の関係もないものであつて、これらを強いて関連があるように主張することは不当である。すなわち、亡進一は、控訴会社の代表者であると同時に、日本再製糖工業協同組合の理事長でもあつたところ、台糖からの依頼により、後者の資格において、台糖のために、株式会社風月堂、株式会社天長商店の各株式から株式を買収して、その外貨割当権を取得し、また個人企業の多田清太郎、影山茂樹から外貨割当権を買い取つたりしたものであつて、これらの取引は本来控訴会社とは無関係なものであつた。ところが、外貨割当権を有するメーカーがつぎの官庁年度において引き続き外貨割当権を取得するには、当該年度でそれを用いて原糖を購入し、溶糖実績をあげる必要があつた。これは、官庁年度毎にメーカーに対する粗糖外貨の総枠が決定され、その枠を直前年度の溶糖実績に比例して各メーカーに割当てるという制度になつていたからである(たゞ、総枠自体が年度の更新毎に変更されるため、溶糖実績を維持しても個々のメーカーの割当権は変動する。)。したがつて、亡進一が、個人の立場で、台糖からの依頼により官庁年度の中途で前述のように買収した外貨割当権は、亡進一が個人として精糖業務を営んでいなかつた関係上、これを一応控訴会社に取得させ溶糖実績をあげるようにして権利の実質を維持し、官庁年度のはじめに、台糖に移転する処置をとつたのである。したがつて、被控訴人の主張する三、〇〇〇万円は本件四、〇〇〇万円とは全く性質を異にするものであるから、被控訴人も原処分においてこれを分別しているし(甲第一号証中の更正の理由欄加算項目2及び3参照。)この分に対する、台糖からの代金の支払方法もまた、本件の四、〇〇〇万円とは相違しているのである。このような理由により必要がないので、控訴人は、右の三、一〇〇万円を本件の争点としなかつたのである。
(二) つぎに、本件割当権が、控訴会社から台糖に無償で譲渡されたのは、台糖と控訴会社が、実質上の親子会社の関係にあることによるものであることは、すでに詳述したとおりであるから、この点をとりたてて異常視し、不合理であるというのはあたらない。そうして、もし、被控訴人において、右割当権の無償譲渡が、税法上容認し難いものであるというのならば、本件当時施行の法人税法第九条第三項、同法施行規則第七条を適用して課税処分をすることができるのであるから、この規定を適用しないでいて否認を云為することは許されない。
(三) さらに、いわゆる租税回避行為というのは、通常、同一の当事者間において、ある行為によるときに生ずる租税の負担を、他の行為によつて回避ないし軽減することを指すものであるところ、本件においては、亡進一と台糖との間の株式の譲渡と、控訴会社と台糖との間の割当権の譲渡という主体をことにする二つの別個の行為が存するだけであるから、本来右のような本質を持つ租税回避行為が生起し得る余地がない。被控訴人は、すでにしばしば述べたように、本来別個の主体間の行為を、同一人間の行為と混同しているのである。
第四立証
当事者双方の証拠の関係は、控訴人において、甲第八号証を提出し、当審証人出羽孝嘉の証言を授用し、後記乙第一一号証の一及び七の各成立を認める、同号証の二ないし六の原本の存在及びその成立を認める、と述べ、被控訴人において、乙第一一号証の一ないし七(但し、二ないし六はいずれも写)を提出し、前示甲第八号証の成立を認めると述べたほかは、原判決事実摘示中証拠関係欄記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一、控訴人主張の請求原因一、記載の事実、即ち、控訴会社がした昭和三四年六月五日から昭和三五年五月三一日までの事業年度の法人税の確定申告と、これに対する被控訴人の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定の経緯に関する事実は、すべて、当事者間に争いがない。
二、被控訴人は、亡進一と台糖との間で、四、〇〇〇万円が控訴会社の全株式の売買代金として授受されたというのは、実は、仮装行為であつて、真実は、控訴会社の有する外貨割当権一、〇〇〇トン分の売買対価として台糖から控訴会社に支払われたもの(或いは、売買対価として台糖から控訴会社に支払わるべきであつたもの)を、進一、控訴会社及び台糖の三者の合意により、台糖から進一に対し直接支払うこととしたものであるから、四、〇〇〇万円を控訴会社の所得と認定したことは適法であると主張する。そこで、まず、事実関係につき考察する。
亡進一と台糖との間で、亡進一が控訴会社の株式一万六、〇〇〇株を代金四、〇〇〇万円で台糖に売り渡す旨の昭和三五年四月一日付の契約書(甲第二号証)が作成されていること、亡進一が同年七月一九日右株式の株券全部を白地裏書のうえ台糖に引き渡したこと、亡進一が台糖から同年四月二日一、〇〇〇万円、同年四月三〇日二、〇〇〇万円及び同年一二月二四日一、〇〇〇万円合計四、〇〇〇万円の支払いを受けたこと、昭和三四、五年当時精製糖業界において外貨割当権が事実上譲渡性を有していたこと、右外貨割当権の譲渡は、被控訴人主張のような方法(第二、三、1)によつてのみ認められるものであつたこと、昭和三五年当時における控訴会社固有の右外貨割当権の価額が四、〇〇〇万円であつたこと、控訴会社と台糖との間和三五年三月二八日付で、共同申請により、食糧庁長官に対し、控訴会社の工場設備の売買名義により、控訴会社の保有する外貨割当権を台糖に移転すべきことの承認を求め、同年四月一二日付でその承認を得たこと、台糖に引き渡された控訴会社の全株式について、台糖は、昭和四〇年四月頃まで名義書換手続をしていなかつたこと、及び亡進一は昭和三九年三月四日死亡するまで引き続き控訴会社の代表取締役の地位にあつたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。右争いのない事実は、いずれも原本の存在とその成立に争いのない甲第五、第六号証、成立に争いのない乙第一ないし第九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める同第一〇号証、原審証人富山哲、同渋沢作次、同藤崎辰雄、同宮脇晋次の各証言、原審及び当審証人出羽孝嘉の証言(但し、以上各証言のうち後記不採用の部分を除く。)及び右出羽証言により真正に成立したと認める甲第二、第三号証、ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 昭和三四、五年当時、精製糖業界においては、大手業者は、将来の貿易自由化等の趨勢に備えて、生産規模を拡大して経営の合理化を図ろうとしていた。このためには、原料粗糖の輸入量を増加する必要があつたが、粗糖の輸入量が外貨割当の枠によつて押えられていたところから、大手業者は、競つて中小業者の有する外貨の割当(この割当を受くべき地位)を買収しようとした。一方、中小業者のうちには、将来に希望を失ない、右の気運に乗じて自己の有する外貨の割当をできるだけ高値に売却して廃業しようとするものが続出する状況にあつた。このような事情から、当時の業界は、全体として、企業の合理化、再編成の気運にあつたのであるが、所轄庁である食糧庁においても、この気運を是認し促進する政策をとり、外貨割当自体を売買取引の目的とすることは認めなかつたものの、(イ)会社の吸収合併、(ロ)製糖工場設備の売買、(ハ)主たる営業の譲渡の三つのうちいずれかの方式による双方当事者から申請があつたときはこれらの行為を承認するという形で、これに付随して外貨割当権を移転することを認めている。かような事情から、当時、外貨の割当(その割当を受くべき地位)が一個の権利として、有債で取引され、一トン当り三万五、〇〇〇円ないし四万円程度の時価相場により売買される実状にあつた。
(二) 右のような事情の下で、大手企業の一つであつた台糖も、昭和三三、四年頃から中小企業の有する外貨割当権の買収に乗り出すこととなつたのであるが、当時、訴外竹腰生産株式会社(以下竹腰生産という。)の代表取締役をしていた亡竹腰進一(なお、控訴会社は、竹腰生産の砂糖部門を承継して、昭和三四年六月五日独立の会社として発足したもので、進一は、実質上、同会社の全株式を所有し、その代表取締役を兼ねていた。)が、台糖の幹部役員とかつて台湾において取引上親交があり、相互に信頼し合う仲であつたこと、当時進一は精製糖業界の団体の一つである日本再製糖工業協同組合(なお、台糖は、業界の今一つの団体である日本精糖工業会に所属していた。)の理事長であり、傘下組合員業者の事情に明るかつたこと、前記(一)のような背景の下では、大企業である台糖が表面に立つて直接取引をするよりも、進一を通じて隠密裡に買収工作を進めることが得策と考えられたこと等の事情から、日本再製糖工業協同組合所属の業者の外貨割当権の買収作業に依頼することとなり、竹腰生産(控訴会社発足後は控訴会社)を通じて、そのために必要な資金を供給することとした。
(三) 依頼を受けた進一は、かねてから、外貨割当権を買収する方法としては、株式会社組織のものについては、割当権を保有する会社の全株式を譲り受ける方法(以下会社ぐるみ買収方式という。)によることが、手数も省けるうえに、課税対策の面でも最も有利(当時の所得税法第六条第一項第六号によれば、有価証券の売買による所得は非課税とされていた。)であると考えをもつていたところから、台糖に対し、法人業者については、できる限り会社ぐるみ買収の方式によるべきことを提言した。一方、台糖としては、外貨割当権を取得することに主眼があり、そのための方式等については余り関心がなかつたのであるが、前述のように進一を信頼していたこと、当時、前記(一)のような事情から、外貨割当権の取引市況は、売手市場の様相を呈し、買収方式等について売主側の希望を無下に拒むときは、買収の実績をあげることができないという虞れもあつたこと等の事情から、買収の方法等については、進一の進言に従うこととし、すでに、昭和三四年三月二七日開らかれた台糖の取締役会の議決において、この方針を確認した。(前掲甲第五号証によれば、この議決において「被買収会社の再製糖工場設備の時価及び外貨割当受配権の時価相当額の合計額を基準として、全株式を譲り受ける」か、「工場設備の時価及び外貨割当受配権の時価相当額の合計額を以て工場設備を買い受ける」か、そのいずれかの方法により買収手続を進める旨の方針が確認されているが、このように両建の方式を掲げていること自体が、台糖においても、進一の前記進言を了承していたことをうかがわせるものである。)
(四) かようにして、進一は、昭和三四年一二月初旬頃までに、会社ぐるみ買収の方式によるもの、工場設備買収の方式(換言すれば、全株式の買収によらず、工場設備の売買に伴い割当権自体を売買取引の目的とする方式)によるもの等、合わせて約一、〇〇〇トン分の外貨割当の買収を了していた。ただ、進一がこの約一、〇〇〇トン分の外貨割当権(全株式所有の形で保有していたものを含む、以下同じ、)を進一個人で保有していたのか、これを控訴会社の保有としていたのか、そのへんはすこぶる微妙あいまいであつて、証拠上確定し難い。(一部個人企業から買収したもの等が会社の帳簿にのせられていたことがうかがわれるが、これは、進一が個人で再製糖業を営んでいなかつたこと等の事情から、これを台糖に引き継ぐまでの間、一時形式的に会社に保有させていたに過ぎないとも考えられ、実質的に、進一個人と会社といずれにより保有されていたかは、遂に確定しがたい。)
(五) 一方、進一は、その頃、台糖との間で、控訴会社自身の保有する固有の外貨割当権についても、買収交渉を進めていた(前記(三)と同様の事情から、会社ぐるみ買収方式を当然の前提として交渉進めていたものと認められる。)が、同年一二月一一日頃に至つて、台糖との間で、控訴会社についても会社ぐるみ買収の方式によりその保有する外貨割当権を台糖に移転すべきこと、その際、控訴会社の有する外貨割当権の評価額を以て全株式の売買代金とすべきこと、控訴会社の保有していた固有の外貨割当権を時価相場により、概算四、〇〇〇万円と評価すべきこと、進一において他から、買収していた約一、〇〇〇トン分を概算三、〇〇〇万円と評価し、台糖は控訴会社側に対し概算合計七、〇〇〇万円を支払うべきこと等につき、おおよその合意の成立を見るに至つた。ただ、(イ)進一が他から買収していた約一、〇〇〇トン分を控訴会社に保有させたうえで、約一、〇〇〇トン分と控訴会社固有の一、〇〇〇トン分とを合わせて保有する控訴会社の全株式を取引の対象とするか(この場合には株式の売買代金は概算七、〇〇〇万円となる。)それとも、これを切り離して別個の取引とするか(この場合には、控訴会社の全株式の売買代金は概算四、〇〇〇万円となる。)、そのへんのところは、この時点においては、なお、進一と台糖との間で、完全、確定的な合意には達していたと認めがたい。もつとも、同月一一日に開かれた台糖の取締役会の議決(甲第六号証)においては、控訴会社の全株式を概算七、〇〇〇万円で譲り受ける旨がうたわれており、これは、一応、台糖においては、前記(イ)の趣旨の意思決定をしていたものと解されるのであるが、前記(四)で述べたように、進一が他から買収していた約一、〇〇〇トン分の保有関係がすこぶる微妙な事情にあつたことと、後に(八)で述べるように、この約一、〇〇〇トン分については、その後、結局、控訴会社の会社ぐるみ買収の取引とは一応別個に決済が行われていること等から考えて、同月一一日の時点においては、進一が他から買収していた約一、〇〇〇トン分の取扱いについては、進一と台糖の幹部役員との間で、完全確定的に、意思の疎通、了解ができていなかつたものと認めざるをえない。
(六) ところで、当時、食糧庁においては、所属団体を異にする業者相互の間での外貨割当権の移転は、同一の官庁会計年度中は認めないこととしていたため、台糖と控訴会社及び進一との間では、昭和三五年四月一日から始まる新会計年度を期して、まず食糧庁長官の承認を得て、前記(五)の合意による取引を実行に移すこととし、同年三月二八日付で、台糖と控訴会社との共同申請により、同長官あてに、「再製糖工場等売買承認申請書」を提出した。この申請書には、附属書類として、昭和三五年二月一五日付の「竹腰糖業株式会社臨時株主総会議事録」なるものが添附されていた。これらによると、一見、台糖と控訴会社らとの間においては、外貨割当権の移転方法として、前記三つの方法のうちの工場設備売買の方式によろうとしていたかに見えないでもない。しかし、会社ぐるみ譲渡の方法によるという、かねてからの方針、合意か、官庁に対する手続の段階で、突然、工場設備売買の方法に変更されたことは考えられないので、右のような申請形式をとつたのは(会社ぐるみ買収による方式は、当時、正面から認められていたわけではなかつたところから)官庁に対する手続の面では、前記の三つの方式のうちで、最も普通で、承認を得ることが容易と考えられた工場設備売買の形式を借りたに過ぎないものと認められる。また添附の臨時株主総会の議事録なるものも、申請を理由づけるために、進一において作文した書面に過ぎなかつたものと認められ、実際にも、控訴会社の溶糖設備は老朽化しており、台糖にとつては利用価値がないと考えられていたところから、この設備を売買の目的とする意思は、台糖の側にも、控訴会社の側にも、まつたくなかつたものと認められる。従つて、官庁に対する手続の面で、工場設備売買の方式がとられていることは、会社ぐるみ買収についての一貫した方針、合意が変更されたことを意味するものではない。
(七) 右申請に対し食糧庁長官の承認があるに先き立つて、同年四月二日台糖から進一に対し二、〇〇〇万円が支払われたが、これは、進一と台糖との間で、会社ぐるみ買収の方式による取引の成立したことを確認する意味をもつとともに、控訴会社の全株式の売買代金の内金としてこれを授受する趣旨を含むものと認められる。
(八) ついで、同月一二日付で食糧庁長官から承認の通知があつたのを機会に、控訴会社の保有する(固有の)の割当権一、〇〇〇トン分と進一において他から買収していた割当権約一、〇〇〇トン分とは、ともに、台糖に移転されたが、その際、進一において他から買収していた約一、〇〇〇トン分に対し、台糖より三、一〇〇万円を支払うこととし、台糖からすでに控訴会社を通じて進一に貸し付けられていた同額の貸付金と対等額において相殺する方法により決済が行われた。この決済が右約一、〇〇〇トン分を保有する進一個人と台糖との間で行われたものか、或いは、これを一旦控訴会社の保有としたうえで、控訴会社と台糖との間で行われたものか、そのへんのところは、すこぶる微妙、あいまいで、証拠上確定しがたい。しかし、いずれにしても、この時点において、進一が他から買収していた約一、〇〇〇トン分については、控訴会社の会社ぐるみ買収の取引とは、一応別個の売買取引とすることにつき合意が成立し、その反面、進一と台糖の間で、控訴会社の全株式を目的として、代金を概算四、〇〇〇万円とする売買取引をすることにつき、最終確定的な合意が成立したものと認められる。その結果、控訴会社固有の外貨割当権一、〇〇〇トン分の台糖への移転は、控訴会社の全株式を掌握した台糖の指示(明示または暗黙の)に基づき、無償で行われたものと認められる。
そうして、同年四月三〇日二、〇〇〇万円、同年一二月二四日一、〇〇〇万円が、いずれも、台糖から進一に支払われ、かくして(すでに四月二日に支払われた一、〇〇〇万円と合わせて)控訴会社の全株式買収代金として、総額四、〇〇〇万円が支払われた。
(九) この間、同年七月一九日控訴会社の全株式が白地裏書により台糖に引き渡されたが、これと前後して、進一と台糖との間で、「株式譲渡に関する契約書(甲第二号証」が調印されたが、これには、控訴会社の全株主の委任を受けた進一は、控訴会社(資本金八〇〇万円、一株の額面五〇〇円)の全株式一万六、〇〇〇株を概算四、〇〇〇万円で台糖に譲渡する等の記載があり、その日付は、同年四月一日とされた。そうして、その後、進一は、同年一二月二四日有価証券取引書を作成し、全株式譲渡に伴う有価証券取引税を納付した。
(十) 台糖においては、控訴会社の全株券の引渡を受けた後も、すぐには名義書換の手続をとらず、台糖側に名義が書き換えられたのは本訴の提起された後である昭和四〇年四月頃のことである。そうして控訴会社は、昭和三五年三月一杯で精製糖事業を廃したのであるが、附随的営業である輸入紅茶、コーヒーの販売等によつては営業が成り立たないところから、同七、八月頃には休業状態となつた。その間進一は昭和三九年三月四日死亡するまで控訴会社の代表取締役の地位にとどまつていたが、台糖において、控訴会社の経営に容喙した形跡はない。そうして、控訴会社の資産(割当権を除くその余の資産)は、進一において自由に管理し、換金処分等をしていたが、これに対しても、台糖が容喙した形跡はない。なお、台糖においては、進一に交付した四、〇〇〇万円の会計上の処理については、これを有価証券勘定に計上せず、流動資産取得のための経費として計上している。
以上のとおり認めることができる。前掲各証言中には、以上の認定と一部抵触する部分を含むものもないではないが、これらの部分はその余の部分及びその余の証拠を総合して得られる心証に照らして、採用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
三、以上に認定した事実のうちには、台糖から控訴会社の全株式の売買代金名義により進一に支払われた四、〇〇〇万円は、実は、控訴会社の固有の外貨割当権一、〇〇〇トン分の売買対価ではなかたかと疑わせるような徴表事実が幾つか存在することは否定し得ないところである。すなわち、
(1) 台糖と控訴会社及び進一との間の本件取引において、窮局の目的とするところは、控訴会社の有する外貨割当権を台糖に移転することにあり、このために会社ぐるみ買収の方式をとることは、控訴会社の法人税や進一個人の所得税を回避することには役立つても、台糖にとつては、本来その必要性もなく、なんの利益もないように見える。
(2) 官庁に対する承認申請の手続のうえでは、控訴会社の工場設備の売買につき承認を求める形式(すなわち、全株式譲渡の方法によらず、工場設備の売買に伴い、割当権自体を売買取引の目的とする形式)がとられている。
(3) 売買契約書(甲第二号証)の調印が官庁の承認により割当権が台糖に移転した後、昭和三五年七月頃になつて、日付を同年四月一日に遡らせて行われている。
(4) 台糖においては、四、〇〇〇万円の支出につき、会社帳簿、会計処理の上では、有価証券勘定にこれを計上せず、流動資産購入のための支出として処理している。
(5) 普通会社ぐるみ買収の取引といわれるものにおいては、全株式の売買代金は、会社の総資産(純資産)の評価額により定められ、また、全株式を譲り受けた買主側において、会社の経営を支配し、会社の資産を自由にし得ることとなるのが通常であるのに、本件においては、(イ)全株式の売買代金は控訴会社の総資産のうちの割当権の評価額によつてのみ定められていること、(ロ)進一は、全株券の引渡し後も、同人昭和三九年三月四日死亡するまで控訴会社の代表取締役の地位にとどまり、会社の財産を自由に管理し、換金処分等をしていたが、これに対し台糖が容喙した形跡がないこと、(ハ)控訴会社の株券の引渡しは、官庁の承認により割当権が台糖に移転された時よりもかなり遅れ、同年七月一九日に行われ、台糖への名義書換えに至つては、更に遅れて、本訴提起後の昭和四〇年四月頃に初めて行われていること。以上(イ)(ロ)(ハ)の諸点等から考えれば、本件の場合は、普通、会社ぐるみ買収の取引といわれるものとは趣を異に、台糖においても進一においても、その真意は、もつぱら、控訴会社の有していた外貨割当権を、その時価評価額で台糖に移転することのみにあつたかのように見えないでもない。(なお、被控訴人は、控訴会社の有していた粗糖原材料代金として二七七万三、七六九円が株式売買代金とは別に台糖から控訴会社に支払われたと主張するが、この事実を認めるに足る証拠はない。)
そこで、以上(1)ないし(5)の諸事実が、果して、仮装行為の存在を断定するに足る徴表事実と認められるかどうかにつき、更に考察を加える。
まず、(1)について考えてみるに、当時の所得税法上、株式の譲渡による所得が非課税とされていた以上、進一が会社ぐるみ譲渡の方法により所得税を回避しようと考えたとしても、それは、むりからぬことであり、この場合、進一に所得税回避の意思があつたということは、進一が真意に基づき全株式を売却しようとしていたことの根拠とこそなれ、その真意がなかつたことの資料となるものではない。一方台糖としても、前認定のような事情の下では、取引の方法として、会社ぐるみの買収の方式を無下に拒めば、取引自体が成立しないという虞れがあつたのであるから、台糖にとつて、この方式をとることは本来不本意であつたとしても、取引の形態としては、進一の要望に応ぜざるを得ない立場にあつたわけである。このような事情に基づき台糖が取引に応じた以上、台糖の側にも会社ぐるみ買収の方式をとることにつき真意がなかつたとはいいえないこととなる。従つて、(1)の点は、双方の側に全株式売買の真意がなかつたことの徴表となるものではない。
(2)の点が会社ぐるみ買収の真意がなかつたことの徴表となるものではないことは、すでに、二の(六)に述べたところにより明らかである。
(3)について考えてみるに、前掲原審及び当審における出羽証言によれば、契約書の原案は、昭和三四年の暮れ若しくは翌三五年の初めに進一において起案し、原案を台糖に届けてあつたのであるが、昭和三五年四月一日として調印されたというのである。ところで、前認定のように、右契約書が調印されたのは、株券が台糖に引き渡された同年七月一九日前後のことと認められるのであるが、若し契約書の原案が、その頃になつて初めて起案されたものとすれば、その時までに実行されて来た取引の内容に符合するように契約条項が記載されそうなものであるのに、契約書の条項は、代金支払の方法、株券引渡の時期等の点において、その時までにすでに実行されて来た取引の内容と必ずしも符合していないこと(契約条項では、概算代金四、〇〇〇万円の内金一、〇〇〇万円は、昭和三五年四月一日に、残金は同年四月末日までに確定して支払うこととされ、株券は、代金完済と引換えに同日までに引き渡すべきこととされている。かような条項があることは前掲甲第二号証により明らかである。)等から推せば、契約書の原案は、すでに昭和三四年の暮れ若しくは翌三五年の初めに台糖側に届けられていた(従つて、昭和三五年の夏頃になつて初めて契約書が起案され、作成されたものではない)という出羽証言の信用性をいちがいに否定することはできないものというべきである。それはともかく、会社ぐるみ買収の方式によるべきことについては、すでに昭和三四年一二月頃までにおおよその合意が成立し、翌三五年四月中には確定的に合意ができていたと認められること、官庁に対する承認申請が工場設備の売買名義によつているのは、会社ぐるみ買収の合意と変更する趣旨から出たものでないことは前認定のとおりであるから、甲第二号証の契約書は、被控訴人が臆測するように、官庁の承認があつて、割当権の売買取引を実行に移された後になつて、急きよ会社ぐるみ譲渡の取引が行われたかのように仮装するために作成されたものとばかりは断定しえないわけであつて、かえつて、甲第二号証の契約書が前認定のような時期に調印されたのは、代金の四分の三がすでに支払われ、取引を滞りなく完了する見込がついた時点において、それまで口頭の合意により実行されて来た取引が基本において会社ぐるみで譲渡する趣旨のものであることを文書を以て確認するとともに、兼ねて課税当局に対する説明資料を整備しておく趣旨から出たものと認めるのが相当である。従つて(3)の点も、仮装行為の存在を認定するための根拠とはならない。
(4)の点について考えてみると、台糖の内部において、四、〇〇〇万円の支出につき経理、合計上どのような処理が行われていたかということと、取引の相手方との間で、どのような取引が行われたかということは、一応別個の問題であつて、右支出についての内部的、会計上の処理いかんにかかわらず、台糖としては、取引の相手方に対する関係においては会社ぐるみ売買の取引に応ぜざるを得ない事情にあつたこと、従つて、実際にも、これに応ずる意思であつたことは前認定のとおりであるから、(4)の点が台糖に会社ぐるみ売買についての真意がなかつたことの決め手となるものとは考えられないところである。
最後に、(5)の点について考えてみると、普通会社ぐるみ買収の取引といわれるもの(会社の全株式を会社の純資産の評価額で売買する取引)においては、売主(全株式の)側の目的とするところは、会社の解散、清算による残余財産の分配というような煩瑣な手続を避けて、簡便、迅速な方法により、投下資本ならびに清算利益を一挙に回収しようとすることにあり、買主側の目的とするところは、会社の全株式を掌握することによつて、会社の経営を支配し、その資産を自由にし得る地位を取得することにあるものと解される。ところで本件において、進一が早くから会社ぐるみ買収の取引を提唱していたことは前認定のとおりであつて、その際、進一が当時の所得税法の下では株式の譲渡による所得が非課税とされていたことを眼中においていたことは否定できないところであるとしても、前記(二)の(三)、(五)に述べた事情から推せば進一がこのような方法を選んだ動機、理由は、単にそのことばかりにあつたわけではなく、基本において、この方法が投下資本ならびに清算利益を一挙に回収する手続として、もつとも手数のかからない簡便な方法と考えたことによるものとも認められ、従つて、進一の真意が、もつぱら控訴会社の有する割当権をその時価評価額で台糖に移転することばかりにあつたとは、必ずしも、断定することができないものというべきである。もつとも、本件においては全株式の売買代金は、割当権の価額のみによつて定められているが、前認定のとおり、(イ)台糖の幹部役員と進一とが相互に信頼し合う仲であつたこと、(ロ)台糖にとつては、割当権以外の資産は利用価値がないと考えられていたこと、(ハ)契約書には、全株式の売買代金を概算四、〇〇〇万円と表現し、内金一、〇〇〇万円を支払つた残額については双方の協議により確定すべきこと、契約書に記載されていない事項については、双方が善意を以て協議のうえ取り決め、契約の趣旨に従つて円満に取り運ぶこと等が定められていること(このような条項があることは前掲甲第二号証により明らかである。)、(ニ)進一は控訴会社の代表取締役の地位にとどまつていたとはいえ、積極的に事業を経営していたわけではなく、資産整理のための換金処分等をしていたに過ぎなかつたと認められること、以上のような諸点から考えると、全株式売買代金のうえに、割当権以外の会社資産の評価額が反映されていなかつたのは、台糖と進一との間で、割当権以外の資産の評価額を全株式の売買代金のうえに、反映させて、これを株式売買代金として授受することの代わりに、進一において右資産を取得し得るべきこと、若しくは進一において右資産を整理処分のうえ、あらためて、全株式売買代金の増減につき双方で協議、決済すべきことが暗黙の裡に了解されていたことによるものと認められないでもない。一方、台糖においては、控訴会社の全株式を取得後、差し当つて控訴会社の経営を支配する意思をあらわにしていなかつたとはいえ、すでに、控訴会社の保有する(固有の)外貨割当権を、無償で台糖に移転させた限度においては、その経営に介入していること、しかも、遅れたとはいえ、結局、全株券の引渡を受け、現に名義の書換を了していること等から考えて、台糖の側に、何時までも、まつたく、控訴会社の経営を支配する意思がなかつたとは、容易に断定しがたいところである。そうしてまた、すでに控訴会社のもつとも重要な資産ともいうべき割当権を台糖に移転させている以上、台糖が控訴会社の全株式を取得することによつて、その資産を自由にする意思がまつたくなかつたとは、容易に認めがたいところである。もつとも、台糖が控訴会社の全株式を取得しながら、その資産(外貨割当権以外の)を進一において任意に管理、処分することに対し格別容喙した形跡がなかつたことは、前認定のとおりであるが、前記(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の諸点にかんがみれば、それは、台糖の側に、控訴会社の全株式の掌握者として、右資産を自由にする意思がまつたくなかつたことによるものとばかりは断定し得ず、むしろ、全株式の取得によつて、右資産を自由にし得る地位を取得したことを当然の前提としたうえで、右述のような黙契により、進一に、右資金の整理処分を一任していたことによるものと考えられないでもなく、進一に、控訴会社の代表者の地位にとどまらせたのも、進一において、右資産の整理処分を完了するまでの間(そうして必要がある場合には全株式の売買代金の増減につき決済を完了するまでの間)、その必要上、そうしたに過ぎないものと認められないでもない。このように考えれば、本件の取引は、普通典型的な会社ぐるみ買収の取引といわれるものと、いささか趣を異にする点がないではないといえ、その本質、基本においては、右典型的な場合と区別することは困難であるといわねばならない。従つて、本件取引において、関係当事者の真意が、もつぱら、外貨割当権を時価で台糖に移転することばかりにあつたとは、必ずしも、断定しがたいものといわねばならない。
なお、前掲各証言のうちには、一部被控訴人の主張にそう部分がないではないが、これらの部分は、ひつきよう、前記(1)ないし(5)に掲げたような徴表事実に基づく臆測ないし判断の域を出なものと認められるので、すでに、右(1)ないし(5)の諸点につき考察したのと同様の理由から、被控訴人の主張を肯認する証拠として採用することのできないものであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
四、以上に考察したところによれば、台糖と控訴会社及び進一との間の本件取引を以て、被控訴人主張のような仮装行為に当ると断定することは、なお、困難であるといわねばならない。従つて、本件取引が被控訴人主張のような仮装行為に当ることを前提として、問題の四、〇〇〇万円を控訴会社の所得と認定することは、許されないところである。
被控訴人は、なお、本件取引がまつたくの仮装行為とはいいえないとしても、株式の譲渡は、割当権の対価として四、〇〇〇万円が授受された後に、それが株式の譲渡代金として授受されたかのようにつじつまを合せるために、割当権の移転により無価値に帰した株式を無償で移転したに過ぎないとも主張するが、この主張が理由のないものであることは、以上に判断したところにより、自ずから明らかである。
五、被控訴人は、更に、台糖と控訴会社及び進一との間の本件取引(控訴会社の株主である進一から台糖への控訴会社の全株式の譲渡、台糖によつて全株式を掌握された控訴会社から台糖への外貨割当権の無償移転という一連の取引行為)は、いわゆる租税回避行為に当るから、問題の四、〇〇〇万円が割当権の売買対価として授受された場合と同視して課税することができると主張する。
そこで考えてみると、同族会社の租税回避行為の否認に関する法人税法の規定(当時の法人税法第三一条の三)は、取引当事者が経済的動機に基づく自然、合理的に行動したとすれば、普通とつたはずの行為形態をとらず、ことさらに不自然、不合理な行為形態をとることにより法人税回避の結果を生じた場合あるいは、取引当事者が達成しようとした経済的目的を達成するためには、いつそう自然、合理的な行為形態が存在するのにことさら不自然、不合理な行為形態をとることによつて法人税回避の結果を生じた場合に、取引当事者が、経済的動機に基づき自然、合理的に行動したとすれば、普通、とつたであろうと認められる行為計算が行われた場合と同視して法人税を課することができるものとする趣旨と解される。従つて、当該取引行為(これに基づく行為計算)が不合理、不自然なものと認められるかどうかは、もつぱら、取引当事者が当該取引行為によつて達成しようとした経済的目的に照らして判定さるべきものであつて、その取引形態が単に民法、商法の見地からは異常、不自然、不合理なものであるということだけで、ただちに、租税回避行為に当るとすることはできないものと解すべきである。
ところで、以上の見地から、本件取引行為が租税回避行為に当るかどうかを判断するについては、まず、いわゆる会社ぐるみ売買といわれるものの典型的な場合を設例し、この場合が果して租税回避行為に該当するかどうかを考察したうえで、これと比較して、本件の場合を検討することが便宜と思われるのでつぎに、会社ぐるみ売買の典型的な場合を設例して、まず、これにつき考察する。
今、進一のアパートを所有し経営する、同族会社である株式会社(負債を零とする。)甲の株主が経営の意思を失ない投下資本及び清算利益を回収してアパートの経営から手を引きたいと考えたとする。このために商法の予定する普通の行為形態は、会社の解散手続、すなわち清算による残余財産の分配ということであろう。ところが、甲会社の株主は、会社の解散というような煩瑣な手続をきらつて、全株式をアパート建物の時価に相当する代金で売却しようとしたとする。一方乙会社においては本来、アパート建物のみの買受を希望していたのであるが、甲会社の株主が全株式の譲渡によるのでなければ取引に応じないとの主張したため、乙会社において甲会社の全株式を買い受けたうえで、乙会社によつて全株式を掌握された甲会社から、アパート建物が、無償で、乙会社に移転されたとする。
右の設例について考えてみると、会社ぐるみ譲渡(全株式の売買)ということは、商法の予定する解散手続に比すれば、異常、異例、不自然の行為といいえなくもない。そうして、その結果、法人税等が回避される結果となることも否定できないところである。しかし、この場合甲会社の株主が達成しようとした経済目的は、投下資本及び清算利益を一挙に回収することにあるわけであつて、この経済目的を達成するためには、会社ぐるみ譲渡ということが、もつとも簡便、合理的な方法ということができる。他方乙会社が甲会社の全株式を取得する直接の目的は、これにより甲会社の経営を支配し、その資産を自由にし得る地位を取得することにあるわけであるから、この目的のためになされた全株式の取得行為をもつて、不自然、不合理の行為といい得ないことはむろんのことである。以上の理由により、右の設例における会社ぐるみ譲渡の行為を以て租税回避行為に当るものとして、否認の対象とすることはできないものというべきである。ただ、乙会社によつて甲会社の全株式が掌握された後に、甲会社からアパート建物が無償で乙会社に移転されたことは、それ自体、経済人の行為として、不自然、不合理なものとして、否認の対象となるものといわねばならない。けだし、乙会社が甲会社の全株式を取得することによつて両会社が親子会社の関係に立つとしても、甲会社が乙会社と独立して存在する経済人である以上、有償(時価相当価額)でこれを譲渡するのが普通であつて、無償でこれを移転することは、異例、不自然の行為といわねばならないからである。
さて、本件の場合と右設例の場合とを比較してみると、前記三において仮装行為を思わせる微表事実として掲げた(1)ないし(5)の事実、とくに(5)の事実から推せば、本件の取引行為は、右設例の場合とは、いささか趣を異にするものがあり、取引当事者の達成しようとした経済的目的は、もつぱら、外貨割当権を時価で台糖に移転することのみにあつたのではないかという疑いも、たしかに、ないわけではない。しかし前記三において、右(1)ないし(5)の事実を以て、必ずしも、仮装行為の存在を断定するに足りる徴表事実と目し得ないことの理由として述べたところ、とくに(5)について述べたところから考えると、本件の取引行為は、典型的な会社ぐるみ買収の取引の一変形の場合に当るということはいいえても、基本的、本質的には、右典型的な場合と区別することは困難であるといわねばならない。換言すれば、本件の取引においても、亡進一が全株式譲渡の方法を選んだのは、結局において、投下資本ならびに清算利益を一挙に回収するという経済目的を達成するためであり、この目的を達するための簡便、迅速な手続(すなわち右経済目的を達するための自然、合理的な方法)として会社ぐるみ譲渡の方法をとつたものと認められないでもない。また、台糖が全株式を取得したのも、結局において、これにより控訴会社の経営を支配し、その資産を自由にするためであつて、全株式の取得は、この経済的目的を達するため合理的手段として選ばれたものと認められなくもない。してみると、本件における全株式譲渡の取引を以て、ただちに、不自然、不合理な行為形態によつて租税を回避した場合に当たると断定することは許されないところであり、従つて、これを否認して、問題の四、〇〇〇万円が割当権の売買対価として授受された(そのうえで控訴会社から亡進一に利益配当とし交付された)場合と同視し課税することは許されないところといわねばならない。
しかしながら、台糖によつて全株式を掌握された控訴会社から、無償で割当権が台糖に移転された行為は、経済人の行為として、それ自体不合理、不自然なものというべきであるから、これを否認の対象とし得べきことは、前記設例の場合と同様であり、従つて、課税当局は、右割当権が時価相当額で控訴会社から台糖に譲渡された場合と同視して控訴会社に法人税を課することができるものといわねばならない。してみると、問題の四、〇〇〇万円を以て、控訴会社の所得に当るものと認定した被控訴人の処分は、結局、適法であるというべきである。
控訴人は、割当権なるものは、もともと無償で賦与されたものであつて、行政上の方針の変更により何時消滅するか予測しがたい不安定な権利であるから、これを無償で譲渡したことは不合理でないとも主張する。しかし、当時、外貨割当権が現実に有償で取引される実情にあつたことは、前認定のとおりであるから、かように、事実上、相当の価額で譲渡することのできる割当権を無償で譲渡することは、経済人の行動として、不合理、不自然なものであることは、いうまでもない。従つて、控訴の右主張は、否認が許されないことの理由となるものではない。
控訴人は、また、被控訴人において、割当権の無償譲渡が税法上容認し難いものであるというならば、当時の法人税法第九条第三項、同法施行規則第七条(いわゆる寄附行為に関する規定)を適用して課税をすることができるのであるから、この規定を適用しないでおいて、否認を云為することは許されない、とも主張する。しかし、本件における割当権の無償移転行為が右法条の予想する寄附行為に該当するものとは解されないので、右主張の理由のないことはいうまでもない。
以上に判断したとおり、被控訴人の本件処分は、結局、適法と認めらるべきものであるから、その取消を求める控訴人の請求は理由がなく、棄却を免かれない。
五、 してみると、以上と理由を異にするけれども、控訴人の請求を排斥した原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないことに帰する。
よつて、行訴法第七条、民訴法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 川上泉 裁判官 間中彦次)
別表
<省略>